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秋田地方裁判所 昭和31年(ワ)130号 判決

判  決

秋田市長野下新町南丁二番地の三

原告

奥田文衛

右訴訟代理人弁護士

阿部正一

同市茶町梅の丁二七番地

被告

岸部親雄

右訴訟代理人弁護士

古沢斐

被告

右代表者法務大臣

植木庚子郎

右指定代理人

真鍋薫

古館清吾

三浦鉄夫

工藤恭助

右当事者間の約束手形金請求事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告岸部親雄は原告に対し金四四万一、六三〇円及びこれに対する昭和三〇年一〇月二四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

原告の被告国に対する請求を棄却する。

訴訟費用は、原告と被告岸部親雄との間においては原告に生じた費用を三分し、その一を被告岸部親雄の負担。その余を各自の負担とし、原告と被告国との間においては全部原告の負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

原告及び被告両名の申立及び事実上の陳述は別紙記載のとおりである。

立証(省略)

理由

第一  原告の被告岸部に対する請求について

原告が昭和三〇年八月一三日被告岸部から、第一の手形(その振出が偽造にかかるものであることは、弁論の全趣旨により明らかであるが、手形行為独立の原則により裏書人の責任に影響はない)の裏書譲渡を受け、その所持人となつたことは当事者間に争いがない。

そして(証拠)を綜合すれば、右約束手形は、一般に市販されている通常の手形用紙を利用して作成されたもので、その裏書欄には「拒絶証書作成免除」の文句が印刷されてあつたこと及び被告岸部は右裏書に際し、日付を記入し署名押印した上、右「拒絶証書作成免除」の文句の下にも押印したことが認められ、(中略)右認定を覆すにたりる証拠はない。従つて、被告岸部は、右裏書の際、支払拒絶証書の作成を免除したものである。

又、証拠及び弁論の全趣旨を綜合すれば、原告が満期に右約束手形を支払場所に呈示し、支払を求めたが拒絶されたこと及び原告が昭和三〇年一一月九日右約束手形を、訴外武田茂に関する詐欺等の刑事々件の証拠物として秋田警察署司法警察員に任意提出し、その後右手形は秋田地方検察庁に送付され、同庁領置物取扱主任において保管中、同月二五日火災のため焼失したことが認めらる。

そして原告が昭和三二年一一月三〇日秋田簡易裁判所において右約束手形につき除権判決をえたことは当事者間に争いがなく、原告はこの除権判決によつて、あたかも右約束手形の所持を回復したのと同様の形式的資格をうることとなつた。

次に被告岸部主張の時効の抗弁について判断する。

右約束手形の満期が昭和三〇年九月二七日であることは当事者間に争いがなく、又約束手形の所持人の裏書人に対する遡求権の時効期間が、無費用償還文句のある場合、満期から一年であることは、手形法第七〇条第二項第七七条第一項第八号の定めるところである。

そこで原告主張の時効中断の主張について判断する。

被告岸部が原告から昭和三一年一月九日発送、同日到達及び同年四月一二日発送、同日到達の内容証明郵便二通を受けとつたことは当事者間に争いがない。

ところで被告岸部は、右催告はいずれも貸金に関する催告であつて約束手形の所持人として裏書人に対する遡求権の行使としての催告ではないと争う。手形上の権利は原因関係と切りはなされ、これと別個に存在する権利であるけれども、手形関係の直接当事者間においてはこの両関係は密接に関連するのであるから、手形貸付をした債権者が手形関係の直接の前者であり且つ貸金関係についての保証人である者に保証債務の履行を求めた場合には、特に手形上の権利を行使しない意思が明らかでないかぎり手形上の権利についても時効中断の効果を有する催告がなされたものと解するのが相当である。

しかして昭和三一年一月九日発送の内容証明郵便とは成立に争いのない甲第三号証の一を、同年四月一二日発送の内容証明郵便とは成立に争いのない甲第四号証の一を夫々指すものとみられるが、これらの証拠によれば、原告が被告岸部に対し右約束手形の手形金をも含めて債務の履行を求めていることがうかがわれる。又原告が昭和三一年八月二日当裁判所に提出した本訴状によれば、本訴が右約束手形の裏書人である被告岸部に対する遡求権の行使の趣旨なることは明らかである。

ところで原告が昭和三〇年一二日九日右約束手形を刑事々件の証拠物として秋田警察署司法警察員に任意提出し、その後右手形は秋田地方検察庁に送付され、同庁領置物取扱主任において保管中、同年同月二五日火災のため焼失したことは前記のとおりであるから原告は、右二回にわたる催告及び本訴提起の当時、既に第一の約束手形の所持を失つていたことは明らかであり、しかも除権判決を得たのは、昭和三二年一一月三〇日であるから、未だ所持人たる資格も回復していなかつたものである。そして、手形の所持は、手形上の権利行使の前提要件であるから、手形を所持しない者が、単なる催告をしてもそれは無効であつて、時効中断の効力を有しないことは明らかである(手形の呈示を伴わない催告も時効中断の効力を有するとするのが通説であり当裁判所もこの見解を取るのであるが、それは呈示が単に手形上の権利行使の方法に過ぎないからであり、手形上の権利行使の要件たる所持を失つた場合をこれと同列に論ずることはできない)。手形の所持人が、その意思によらずしてこれを失つた場合において時効を中断しようと欲するならば、商法第五一八条により、公示催告の申立をした後、債務者に対し供託を求め、又は相当なる担保を供して支払を求めるべきであつて、これによつてはじめて民法第一五三条の定める裁判外の催告として、時効中断の効力を生ずるのである。従つて、本件において原告がした前記二回にわたる催告は時効中断の効力を有しない。

ところで、訴の提起も右催告と同様に考えて良いものであろうか。これを催告と全く同様に考えて、「手形の所持を失つた者が、手形金請求訴訟を起しても時効は中断しない。もし口頭弁論終結前に除権判決を得ても、それが時効期間経過後であれば時効は既に完成している。」という見解もあり、現にこの見解を取る下級審判決例も見られる。

この見解を布衍すれば、「手形を所持しないで手形金請求の訴訟を起し、後に除権判決を得た場合には、その時にはじめて手形上の権利行使の資格を回復するのであるから、時効もその時に中断する。従つてその時までに時効期間が経過していれば、時効中断を生ずる余地はない。」という意味になるのである。そうすると、もし手形の所持を失つた者が、訴を提起した後時効完成前に公示催告の申立をした場合を想定するならば、時効が中断するか否かは、裁判所が何時除権判決をするかということにより左右されることになる。この結果は、時効中断という制度の趣旨から見て、明らかに不当である。それとも、かかる場合には、別に訴訟外において商法第五一八条による供託又は担保供与による支払の請求をしなければならないというのであろうか。商法第五一八条はもともと除権判決を得るまでの暫定措置を定めたものに過ぎないのであるから、訴提起という最強力、最終的な権利行使の方法を取つている者に対し、これと並行して右のような暫定措置を取らなければ時効が中断しないというのは、本末顛倒の甚しきものである。

思うに、かかる不合理な結論に導かれるのは、右の見解が、「時効は訴提起の時に中断する。」という民事訴訟法第二三五条の規定を無視することから起るのである。右の規定は、もともと、勝訴の終局判決を得ることを条件とする一の仮設命題であつて、訴訟手続を訴提起から終局判決にいたる目的統一体として、一体的に把握している規定である(そうでなければ、「時効は訴状送達の時に中断する」と規定するはずである)。従つて、口頭弁論終結時において、除権判決を受け又は手形の所持を回復していれば、訴提起のときにさかのぼつて、時効中断の効力ありと認めるべきであつて、それがすなわち「訴提起の時」に時効中断の効力ありと規定した民事訴訟法第二三五条を正解する所以であると考える。

そうすると、本件においては、除権判決は時効期間満了後になされたが訴提起はその満了前に行われたことは前述のとおりであるから、これにより時効は中断したものと認められる。従つて被告主張の時効の抗弁は採用できない。

よつて原告の被告岸部に対する請求は全部正当であるから認容する。

第二  原告の被告国に対する請求について

被告国は、原告の被告国に対する本訴請求は相被告岸部に対する請求の認容されない場合について、第二次的に請求するもので、いわゆる主観的予備的併合の訴であつて不適法であると主張するので、まずこの点について判断する。

現行民事訴訟法上、訴の主観的予備的併合が許されるか否かについては学説の分れるところであり、下級審の判決例も区々である。しかしながら、原告は本訴において、被告岸部に対する請求と被告国に対する請求を併列して、判断を求めているのであるから、両者に対して独立して訴を提起し後にこれを併合した場合とひとしく、これを主観的予備的併合ということはできない。請求原因の内容的関連により、一方が勝訴すれば、一方が敗訴するという関係にあつたとしても、それがために請求そのものが予備的になるものではない。

そこで、本案について判断する。

原告は、前記第一、第二の手形を公務員が職務上保管中、過失により滅失したことから、拒絶証書作成義務免除の事実の立証が困難になり、実際上遡求権の行使が不可能になつたことを理由として、手形金相当の損害賠償を求めている。しかし、手形を滅失しても、これにより直ちに手形上の権利が消滅したり、行使不可能になるわけでないことは、第一の手形について前段に述べたところにより明らかである。この点は第二の手形についても全く同様である。従つて原告の請求する手形金相当の損害は発生していない。もつとも除権判決を受けるための費用は、滅失により直接生じた損害としてその賠償を請求できるのであるが、これは原告の主張しないところであるから判断しない。従つて原告の被告国に対する請求は全部失当である。

第三  結論

よつて、原告の被告岸部に対する請求を認容し、被告国に対する請求を棄却し、訴訟費用について民事訴訟法第八九条第九二条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

秋田地方裁判所民事部

裁判長裁判官 渡 辺  均

裁判官 浜  秀 和

裁判官 高 木  実

(別紙)

第一 原告の主張

(請求の趣旨)

被告岸部は原告に対し金四四万一、六三〇円及びこれに対する昭和三〇年一〇月二四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

被告国は原告に対し金九四万一、六三〇円及びこれに対する昭和三〇年一二月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

(請求原因)

一 原告は昭和三〇年八月一三日被告岸部から支払拒絶証書の作成を免除されて、次の約束手形一通(以下第一の手形という)の裏書譲渡をうけ所持人となつた。

1 振出人 佐藤敬繁

2 金  額 五五万円

3 満  期 昭和三〇年九月二七日

4 支払地及び振出地 秋田市

5 支払場所 株式会社秋田銀行秋田支店

6 受取人 武田茂

7 振出日 昭和三〇年七月二七日

二 原告は更に昭和三〇年九月一七日訴外武田茂から支払拒絶証書の作成を免除されて、次の約束手形一通(以下第二の手形という)の裏書譲渡を受け所持人となつた。

1振出人 2支払地及び振出地 3支払場所 4受取人は第一手形と同じ。5金額五〇万円 6満期昭和三〇年一〇月八日 7振出日昭和三〇年九月八日

三 しかして原告は満期に右二通の約束手形を支払場所に夫々呈示し支払を求めたが拒絶された。

四 ところで其の後右二通の約束手形は、いずれも訴外武田茂が振出人佐藤敬繁の氏名を冒用して振出した事実が明らかになり、原告は訴外武田茂の刑事裁判に必要なる故提出するようにとの捜査機関からの申込みに応じ、昭和三〇年一二月九日秋田地方検察庁にこれを任意提出したが、同検察庁係員において善良な管理者の注意義務をもつて金庫等に保管する等、貴重品の取扱をなすべき義務があるのに拘らずこれを怠り、右二通の約束手形につき振出人偽造なる一事より全部無効のものと即断したのか、証拠品取扱方法につき有価証券としての取扱をなさず(有価証券として取扱う場合は火災、盗難防止のため金庫等に厳重に保管する義務がある)、唯漫然と一般証拠品の取扱をなし倉庫に保管中、昭和三〇年一二月二五日右倉庫火災のため焼失した。

五 そこで原告は、昭和三二年一一月三〇日秋田簡易裁判所において右二通の約手につき除権判決を得た。

六 よつて原告は、被告岸部に対し第一項記載の約束手形の手形金五五万円の内、金四四万一、六三〇円及びこれに対する右約束手形の満期後である昭和三〇年一〇月二四日から支払ずみまで手形法所定年六分の割合による法定利息の支払を求める。

七 ところで、原告が第一の手形(金額五五万円)の裏書人である被告岸部及び第二の手形(金額五〇万円)の裏書人である訴外武田茂に対し遡求権を行うためには、右両裏書人に対し、同人らの支払拒絶証書の作成免除の事実を立証する必要があるところ、右約束手形二通を焼失したため完全な立証が困難となり、そのため原告は右両裏書人に対する手形上の権利を事実上喪失したに等しい状態である。

八 よつて原告は、被告国に対し右約束手形二通保管の不注意により蒙つた損害として、第一の手形の手形金五五万円の内、金四四万一、六三〇円及び第二の手形の手形金五〇万円の合計金九四万一、六三〇円並びにこれに対する右約束手形二通焼失の翌日である昭和三〇年一二月二六日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による損害金の支払を求める。

(被告岸部の仮定抗弁に対する再抗弁)

原告は被告岸部に対し昭和三一年一月九日発送、同日到達の内容証明郵便、同年四月一二日発送、同日到達の内容証明郵便で夫々手形金の請求をなし、更に同年八月二日本訴を提起したので時効を中断した。

第二 被告岸部の主張

(請求の趣旨に対する答弁)

原告の被告岸部に対する請求を棄却する。

(請求原因に対する答弁)

一 請求原因一の事実の内、拒絶証書作成免除の点は否認する。その余は認める。

二 請求原因二の事実は不知。

三 請求原因三の事実は不知。

四 請求原因四の事実は不知。

五 請求原因五の事実は認める。

(仮定抗弁)

原告の被告岸部に対する遡求権は第一の手形の満期である昭和三〇年九月二七日から一年を経過した昭和三一年九月二七日の終了を以つて、時効により消滅した。よつて時効を援用する。

(再抗弁に対する答弁)

原告主張の内容証明郵便二通が到達したことは認めるが、右書面は手形金の請求ではなく、貸金の請求であつて、約束手形の呈示がなく又本訴によるも約束手形の呈示がなされていないので、いずれも時効中断の効力はない。

第三 被告国の主張

(本案前の答弁)

原告の被告国に対する訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

(理由)

原告の被告国に対する本訴請求は、相被告岸部に対し約束手形金の請求をなし、併せてその請求の立証困難を理由に、被告国に対し損害賠償を求めているのであつて、この請求は、実質的には相被告岸部に対する請求が認容されないことを前提とするものであり、かかる主観的予備的併合の関係にある本訴は、不適法な訴として却下さるべきである。

(請求の趣旨に対する答弁)

原告の被告国に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

(請求原因に対する答弁)

一 請求原因一の事実の内、拒絶証書作成免除の点は不知。その余は認める。

二 請求原因二の事実の内、拒絶証書作成免除の点は不知。その余は認める。

三 請求原因三の事実は認める。

四 請求原因四の事実の内、秋田地方検察庁係員の本件約束手形の取扱方法が相当でなかつたとの点は否認する。又、本件手形は秋田警察署において任意提出をうけ、秋田地方検察庁に引き継がれたものである。その余は認める。

五 請求原因五の事実は認める。

六 請求原因七及び八の事実について

本件手形の焼失によつて原告の権利が失われたものではなく、従つてその焼失が仮りに秋田地方検察庁係員の責に帰すべきものとしても原告はこれによつて何の損害も受けていないのだから、被告国には原告の請求に応ずる義務がない。

(イ) すなわち原告は第一の手形について相被告岸部が支払拒絶証書作成免除の事実を争い、その支払を免れんとしているが、手形の焼失によつて右事実の立証が困難になつたと主張する。然しながら右事実を証する証拠方法は他にある筈であつて、自らその義務を尽さず責任を被告国に転嫁しようとするもので全く理由のないものである。そして又現に裏書人である相被告岸部に訴及中であつて、原告には未だ何ら損害が生じていない。

(ロ) 第二の手形についても元来手形上の権利は手形の消失によつて失われるものではなくその場合の手形上の権利の行使には、当該手形について除権判決を行使すればよいのであつて、手形上の権利は消滅するものではない。

(ハ) 又相被告岸部は原告の第一の手形上の請求権について時効によつて消滅したと主張するが、仮りに手形上の権利が時効によつて消滅したとしても、原告は該手形によつて利益をえたものに利得償還請求権を行使すれば支払をうることができるのである。

このように本件手形の焼失によつて、原告は何らの損害を受けていないし、受ける筈もないのだから、原告の被告国に対する請求は、それ自体失当として棄却さるべきである。

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